ネオリアリズムの最高傑作『ウンベルトD』の映画上映会をしてみませんか?

ウンベルトD

弊社ホームページに掲載しているネオリアリズムの傑作、『自転車泥棒』の紹介ページに日々多くのアクセスが寄せられています。戦後のイタリア映画、ネオリアリズムへの興味がいかに高いかが実感されます。今回はその『自転車泥棒』を監督した名匠ヴィットリオ・デ・シーカの最高傑作と称される『ウンベルトD』を紹介したいと思います。

『ウンベルトD』は、作者のデ・シーカ自身が生涯において最も思い入れのある作品だと述べており、ネオリアリズムの最高傑作のひとつと言って過言ではありません。「ウンベルトDは、百回観ただろうか。自分が最も愛している映画かもしれない」と世界的な巨匠イングマール・ベルイマンに言わしめたほどの傑作です。

映画は、ローマで年金暮らしをする元行員の老人が主人公。貧困のため家賃滞納による立ち退き強制や病苦を抱えての絶望など、愛犬とともにローマの街を彷徨う姿が描かれます。

『ウンベルトD』も『自転車泥棒』同様に、社会保障制度の整っていなかった敗戦後のイタリアにおいて窮乏のため孤立を強いられた主人公を描いています。『自転車泥棒』で築いたリアリズムの手法はこの映画でも踏襲されています。虚構の世界であるセット撮影を否定し現実のローマの街を舞台にロケ撮影を敢行しドキュメンタリーなタッチを強調しています。出演者はすべて一般人である素人を起用、それによって職業俳優では表現することのできない強い現実感を与えることに成功しています。

映画演出のアプローチは変わっていませんが、主人公の設定は少し異なります。『自転車泥棒』の主人公は一人息子をもつ家族もちの働き盛りの男性でしたが、『ウンベルトD』では、家族を持たない孤立無援の老人で唯一のパートナーは小さな犬だけです。『自転車泥棒』と異なり、精神的なつながりを持てる家族がいないため孤立無援であること、また決して自分の人生が長くないことを自覚している点で、『自転車泥棒』以上により深い孤独を際立たせています。ちなみに『ウンベルトD』のウンベルトは、ヴィットリオ・デ・シーカの父親の名前から命名されており、この映画を父親に捧げています。デ・シーカの父親は、貴族出身であり銀行の行員でもあったのですが、そうした出自や地位とは関係なく極めて貧しい生活を強いられ、苦渋に満ちたものであったようです。Dの解釈については、デ・シーカ自身は明言を避けていますが、『ウンベルトD』で描かれたことは誰にでも起き得ることを示すために匿名性を象徴するDという略称を使ったという見方もあるようです。

また『自転車泥棒』では、自転車泥棒を探していくなかで決定的な結末を迎えるという端的なストーリー展開でしたが、本作ではそうした直進的なストーリー展開は影を潜め、より抑揚を抑えた静的な物語となっています。その分、社会のなかで埋もれていく高齢者の孤独と社会の冷淡さを多層的に深く捉えることに成功しているように思えます。

淡々と語られていくリアリスティックな物語の終盤に迎える劇的なシーンは、オーディエンスの胸を捉えて離さないでしょう。そして物語が終わったあと、深い余韻とともに孤独について、高齢者の尊厳について、社会について、自身の将来について、深い思索に誘われることになるでしょう。

『ウンベルトD
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本/原案:チェーザレ・ザヴァッティーニ(脚色、翻案)
出演:カロル・バッティスティ/マリア・ピア・カジリオ
製作国:イタリア 制作年:1952年 上映時間:87分

多くの方にこの感動的な『ウンベルトD』をご覧いただきたいと考えます。『自転車泥棒』と同時に上映会の企画を立ててみるのも面白いかもしれません。ぜひ上映会のご検討をいただければと思います。上映権の料金についてはお問い合わせフォームよりご連絡ください。上映規模に合わせて主催者のご負担にならない現実的な利用料をご提示いたします。

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